アーセナル

キエフ5

Arsenal / KIEV 5

 いわゆる「Contax(「CONTAX」ではない)のコピー」とよばれるシステムカメラである「キエフ」は,その基本的なスタイルを大きく変えることなく製造が続けられた。そのシリーズにはじめて大きな変更が加えられたといってもいいカメラが,この「キエフ5」である。
 変更点としては,「Contax」以来の伝統であった距離計の長大な基線長が若干短くなったこと,露出計がボディ内に組みこまれたこと,ファインダーにブライトフレームが入り,パララクス補正がおこなわれるようになったこと,巻き上げノブにレバーがついたこと,そして,マウントが少し変更されて,旧来のヘリコイドのない標準レンズが使えなくなったことがあげられる。
 マウントの変更によって,標準レンズについては,キエフ5専用のものを用いる必要が生じたが,広角レンズや望遠レンズなど,旧来からヘリコイドのあったレンズについては,そのまま使うことができる。一方,キエフ5専用標準レンズは,旧来のキエフのボディに装着できない。
 旧来のキエフと並べてみればわかるのだが,露出計が組みこまれたことで,かなり背が高くなっている。また,手にしてみると,ファインダーより下の部分は,旧来のキエフとほとんど変わっていないように見える。もちろん,シャッターは,Contax以来の金属鎧戸式のものが継承されている。


KIEV 5, No.7204073
シャッター速度B, 1/2sec〜1/1000sec
レンズマウントキエフ外爪マウント
露出計外光式セレン式露出計内蔵。シャッター速度・絞りには非連動。
ピント調節二重像合致式距離計内蔵
発売1967年〜

 かつて,この世には「Leica」と「Contax」という2種類のドイツ製高級小型カメラが存在した。そのうち「Contax」は,第二次世界大戦後の混乱のなかでソ連に持ち去られ,「Kiev」という名称で生産され流通するようになったというお話がよく知られている。
 「Contax II」と露出計つきの「Contax III」をもとにしたカメラは,それぞれ「Kiev 2」「kiev 3」とよばれるようになった。したがって,「Kiev 1」というカメラは存在しないようである。基本的にはもとのContaxの姿を継承しつつ,シンクロ接点のついた「Kiev 2a」「kiev 3a」,さらに少しずつ変更が加えられながら「Kiev 4」「Kiev4a」へとひそかにモデルチェンジが続けられていった。

 部分的な変更を伴いながら製造が続けられた「Kiev」で,はじめて大きな「モデルチェンジ」がおこなわれたのは1967年のことである。そして登場した「Kiev 5」は,そのデザイン面においても機能面においても,大きな改良が加えられている。
 正面には,埋めこまれた露出計の大きな受光部があり,その隣には大きなファインダー窓がある。このファインダーはブライトフレームをもち,パララクスの補正がおこなわれる。さらに,50mm用のものと85mm用のものと思われるフレームが用意されている(フレームについては,製造年代によって違いがあるらしい)。また,巻き上げノブにはレバーがついて,巻き上げがやりやすくなった。フィルムカウンターは自動復元順算式となり,露出計のメーターもコンパクトにまとめられている。
 しかし,裏蓋は,Contax以来の着脱式で,独特の金属鎧戸シャッターも継承されているなど,中身はあまりかわっていないようだ。ファインダー部分が大きくなったために,より背が高くなり,重くなったという印象を受ける。

 時代は,小型カメラの主力を一眼レフカメラに変えていた。せっかく高機能で登場した「Kiev 5」も,世界的な流れの中では「時代遅れ」だったのである。そうなると,大柄になったボディは欠点にしかならなかったのだろうか。「Kiev 5」のさらなる改良型や後継機は登場せず,このあとに登場したモデルは「Kiev 4」「Kiev 4a」をベースに,巻き戻しクランク等にプラスチック部品を多用するようになった「Kiev 4m」「Kiev 4am」になったのである。