かつて,カメラは誰にでも使えるような機械ではなかった。カメラもフィルムも高価で,操作にはそれなりの専門的な知識と経験が必要だったからである。カメラを誰にでも使えるような機械にするには,1つは価格を安くすること,1つは誰が使っても失敗のないような自動化をすすめることであった。 そして,1962年に登場したカメラが,初代リコー「オートハーフ」である。セレン光電池による自動露出,ゼンマイによる自動巻き上げ,ピント調整不要の固定焦点(中心は2.5m)機構を採用して,まさにシャッターレリーズボタンを押すだけで誰にでも写真を写すことができる,というカメラになっていた。さらにカメラ本体の価格も抑えられており,ハーフサイズを採用したことで,1本のフィルムで2倍の枚数の写真を撮ることができて,カラーフィルムが高価だった時代には歓迎されたのである。
かつて,カメラは誰にでも使えるような機械ではなかった。カメラもフィルムも高価で,操作にはそれなりの専門的な知識と経験が必要だったからである。カメラを誰にでも使えるような機械にするには,1つは価格を安くすること,1つは誰が使っても失敗のないような自動化をすすめることであった。
そして,1962年に登場したカメラが,初代リコー「オートハーフ」である。セレン光電池による自動露出,ゼンマイによる自動巻き上げ,ピント調整不要の固定焦点(中心は2.5m)機構を採用して,まさにシャッターレリーズボタンを押すだけで誰にでも写真を写すことができる,というカメラになっていた。さらにカメラ本体の価格も抑えられており,ハーフサイズを採用したことで,1本のフィルムで2倍の枚数の写真を撮ることができて,カラーフィルムが高価だった時代には歓迎されたのである。