1967年に発売された高倍率ズームレンズである。当時のズームレンズの大半が望遠系でズーム比2〜3倍のものだったなかで,このレンズは短焦点側が50mmという標準域からはじまることと,6倍という高いズーム比を誇る存在であった。同時に,当時としては超望遠域ともいえた長焦点側の300mmでもF4.5という明るさをっていることも特筆できる。同時期の300mm単焦点レンズの開放F値がF4.5だった(NIKKOR Auto 300mm F4.5)ことを鑑みれば,これは十分な明るさである。また,ニコンの初期のズームレンズは,ごく一部を除いて開放F値が一定になるようにつくられていたが,このレンズも例外ではなく,全域にわたってF4.5ということになっている。
大きく重いレンズであるため,手持ちでの使用は困難であるが,頑丈な三脚座のために,三脚に固定した際の安定感は抜群だ。たとえば舞台撮影やスポーツ撮影など,撮影者が動き回りにくいようなシチュエーションで,人物の全身像から顔のアップまでをズーミングだけで撮りわけられるという面で愛用されたようである。
1967年に発売された高倍率ズームレンズである。当時のズームレンズの大半が望遠系でズーム比2〜3倍のものだったなかで,このレンズは短焦点側が50mmという標準域からはじまることと,6倍という高いズーム比を誇る存在であった。同時に,当時としては超望遠域ともいえた長焦点側の300mmでもF4.5という明るさをっていることも特筆できる。同時期の300mm単焦点レンズの開放F値がF4.5だった(NIKKOR Auto 300mm F4.5)ことを鑑みれば,これは十分な明るさである。また,ニコンの初期のズームレンズは,ごく一部を除いて開放F値が一定になるようにつくられていたが,このレンズも例外ではなく,全域にわたってF4.5ということになっている。
大きく重いレンズであるため,手持ちでの使用は困難であるが,頑丈な三脚座のために,三脚に固定した際の安定感は抜群だ。たとえば舞台撮影やスポーツ撮影など,撮影者が動き回りにくいようなシチュエーションで,人物の全身像から顔のアップまでをズーミングだけで撮りわけられるという面で愛用されたようである。