ゲルツ

テナックス

C.P. Goerz / Vest Pocket TENAX

 後に,ツァイス・イコンになった会社の1つであるC.P.ゲルツ社が製造したカメラの1つである。1909年(明治42年)から1926年(大正15年/昭和元年)という長期間にわたって製造されたようで,初期のモデルと後期のモデルとの間には,いくつかの差異がある。たとえば初期のモデルでは,ボディに「TENAX」ではなく「VEST POCKET TENAX」と刻まれていたとのこと。また,後期のモデルでは,シャッターがコンパーになっているとのことである。したがってここに紹介するモデルは中期のものになると考えられる。具体的な製造年代ははっきりしないが,大正時代と考えておけば間違いないだろう。そのほか,装着されたレンズのバリエーションも,いくつか存在するようである。
 ところで,このカメラには「TENAX」という名前がついているが,後年に,ツァイス・イコンから発売された35mm判カメラ「TENAX」とは,単に同名というだけであって,直接の関係はない。

 前板を支える4本の支柱は,左中央のボタンを押すことで,スプリングによって飛び出すようになっているが,いわゆるスプリングカメラのように完全には自立してくれないようだ(新品のころは,もっとスムースだったのかも?)。ピント調整は目測式で,カメラ上部のダイアルを回転させておこなう。距離目盛の単位がyardsになっている点にとまどうかもしれないが,撮影の際は1yards≒0.9mとして換算すれば十分だろう。なお,ダイアルに刻まれた最短撮影距離は,1.5yardsである。
 乾板またはパックフィルムを使うため,ボディは極めて小型になっている。また,透視ファインダーも折り畳み可能で,シャッターや絞りのダイアルが前板に組みこまれており,前板を支える支柱をたたむとほとんどフラットになって,携帯性にもデザイン的にも極めて優れている。画面サイズはおよそ6cm×4.5cmのアトム判とよばれるもので,このカメラを中判カメラの一種とみなせば,このコンパクトさは驚異的である。
 シャッターは時間調整をエアポンプでおこなうタイプのもので,露光時間は1秒から1/250秒まで連続的に変化させることができる。一般的なレンズシャッターのような機械式のガバナーが使われていないため,長時間露光時の「ジー」という音すら聞こえない,極めて動作の静かなシャッターである。

 このカメラの内部には,「らくさ Sakura」と書いてある金属のケースが残されていた。当時,この規格のカメラはそれなりに普及しており,対応するフィルムパックが日本国内でも製造,販売されていたことをうかがい知ることができる。これに対応するフィルムが,現在では入手できないことが残念だ。
 このフィルムパックを使うとき,フィルムの乳剤面の位置は,乾板ホルダに乾板をセットしたときよりも2mmほど後ろになる。レンズの前に取りつけられているフィルタのようなものは,その位置を補正するため凹レンズだと思われる。

 このカメラの価格であるが,1938年のアサヒカメラの広告では,程度のよい中古品に80円の価格をつけている店もある。ローライフレックス・オートマット(新品)がおよそ800円だったことと比較すれば安く売られていたのは間違いないが,当時としても10年以上前の中古品であること,そのころの物価や給与の水準等から考えれば,一般の人にとっては決して安いものではなかったものと思われる。

C.P.Goerz Vest Pocket TENAX, Lens No.482963
撮影レンズDogmar 7.5cm F4.5
シャッター速度B, T, 1〜1/250 (エアー式)
ピント調節目測・1.5yards〜
使用フィルムアトム判乾板/パックフィルム使用 画面サイズ40mm×57mm(フィルムサイズ 45mm×61mm)
発売およそ大正時代(1908年〜1926年?)

C.P.Goerz TENAX, Dogmar 7.5cm F4.5, NEOPAN100

C.P.Goerz TENAX, Dogmar 7.5cm F4.5, PORTRA 400VC

「ベスト・ポケット・テナックス」は少しずつ変化を伴いながら,長期間にわたって製造されたようである。ここに消化したボディは,「カメラのあゆみ 幕末・明治・大正・昭和」(朝日新聞社,1976年)において「1911年の改良型」とされているものと同じものと思われる。

フィルムについて

 適合するフィルムが市販されていないので,適当なフィルムをカットしてホルダに装填して使うことになる。ただ,カットしたフィルムの現像は,ラボで受けてくれるのかどうか知らない(確認していない)し,受けてくれたとしても料金がどうなるのか見当がつかないので,自分で処理するのが無難ではないかと思われる。市販されていた「ナニワ・カラーキットN」のような家庭用のカラーネガフィルム処理薬品を利用すれば,モノクロ写真だけでなくカラー写真も撮ることができるようになるのだが,「ナニワ・カラーキットN」は残念ながら2012年までに製造・販売が終了したようだ。。

フィルムをつくる

 Vest Pocket TENAXで使うためのフィルムを120ロールフィルムから切り出すために,工作用のプラ板と両面テープを使って,次のような型枠を作成した。このような道具を利用すれば,暗室内でフィルムをカットするのも容易である。この作業は,もちろん,暗室で(あるいはチェンジバッグ等を使って)おこなわなければならない。

フィルムの装填

 乾板ホルダにフィルムを装填する場合は,プラスチックの板で押さえてやる必要がある。しかし,このプラスチック板による不要な反射はできるだけ防ぎたい。120ロールフィルムから切り出したものを使うなら,120ロールフィルムの裏紙をはさむのが簡単かつ最適であろう。以下の手順は,もちろん,暗室で(あるいはチェンジバッグ等を使って)おこなわなければならない。

ホルダに,カットしたフィルムを入れる。

120ロールフィルムの裏紙を,黒い方がフィルムの側になるよう重ねる。

プラスチックの板で,全体を押さえるようにする。

これで,ふたを閉じれば,撮影準備は完了だ。